酒の肴 No.6
2000/03/21

「七五三の話」

1998/08/28 baby&kids MLに投稿

晴れ着を着せるというと、数えで3歳はつらいですね。ルーツを辿るとちょっと違うようです。

七五三の祝いを、古くは「髪置き(かみおき)」「袴着(はかまぎ)」「帯解き(おびとき)(紐(ひも)解き)」の祝いといっていました。髪置きは三歳の男女児の祝いで、もう赤ん坊ではないという意味から、今まで剃っていた髪をこの日から伸ばし始める儀式であり、いわば、乳児から幼児への脱皮。袴着は五歳の男児の祝いで、初めて袴を着ける儀式で、これから、男の子として育てる、という親の宣言もあるのかもしれません(この辺、私の勝手な推測)で、帯解き(紐解き)は七歳の女児の祝いで、着物の付け紐を取り去り帯に替える儀式です。
ですので、由来通りなら、5歳、7歳で晴れ着を着るのは、ある程度筋が通っていますが、3歳でなぜ、という感じですね。たぶん、3歳で着せたい、という親の願いから、徐々に変わっていったのではないかしら。
#それとも、呉服メーカーの陰謀か何かか? :) :)

さて、数え(生まれたとき1歳、1月1日に1歳年を取る)の年齢にあたる子どもに晴れ着を着せて、11月15日に神社(本当は氏神様)へ参詣し、子どもたちの成長と健康を感謝すると共に、今後の成長とさらなる健康を祈願する儀礼となったみたいです。
うちの近くの塩竈神社でも、「本来は数え年で祝いますが、最近では満年齢で祝う割合が高くなり、また参拝の日取りも11月15目にこだわらず、その前後の良い日の午前中に参拝するのが通例になってきた」といいます。
さて、奇数がめでたい数であり、また体調の変わる年齢でもあるので、七五三として子供に成長を自覚させ、同時に親も過保護の戒めとする節目と考えると、晴れ着を着せなくても、ささやかなお祝いをしたいなあと思います。
子供の成長を願う七五三のお祝いは、江戸時代から行われており、特に盛んになったのは明治時代以降で、関東で流行り、次に、関西で流行りだしたようですね。
(平安時代にすでに似たような行事があったといいます)

なぜ、11月15日かといいますと、1650年(慶安3年)11月15日に、3代将軍家光が虚弱であった四男徳松(後の5代将軍綱吉)の5歳の祝いを行ったのが由来であるという説があります。また、七五三は、成長を祈願した儀礼のほか、地域の氏神祭や秋の実りの後の霜月祭(収穫感謝とともに産土神(うぶすながみ)に子の守護を祈願する祭)がルーツである、という説もあります。

七五三というと、千歳飴を持っている子供がおおいですが、この千歳飴は、江戸時代の初め、浅草で飴売り八兵衛という人が「千年アメ」と名づけて売ったのが始まりといわれています。水飴を適度に煮詰めた後、飴の中に気泡を入れながら加工した物で、このために色は白くなり、量も増え、風味がよくなるそうです。で、赤く着色した物と組み合わせて紅白の飴を、長寿を願って鶴や亀が描かれた袋に入れるそうですね。
「千歳飴」という名称の起こりは、当時「飴(あまい)」のことを「せんねん」と呼んでいたことによるという説もあります。
村松淳司